イメージのちから
わくわくするようなイメージをしよう。
実際問題はいろいろあるし、いろいろ壊れたものや失ったものってあると思う。
いやになっちゃう時間帯や、絶望しちゃうことだってあると思うけど
ちょっぴり涙が出ちゃっても、それが済んだらわくわくするようなイメージをしよう。
仕事が壊れて失われれば、時間ができる。
家が壊れて失われれば、場所ができる。
外に出られず病院や家にいれば、休暇になって元気が出る。
できた時間や場所、元気で何がしたいか、今すぐは何もできないけど、
わくわくするようなイメージしてみようよ。
今度はどんな仕事をしようか、落っこちて壊れたお気に入りのあれの次は
どんな素敵なやつがほしいかなとか、
出来上がったごはんもね、ほんとはあれとこれが入ってるともっと美味しいのになーと
正直思う。材料足りないから。
でも、僕はその気持ちを素直に自分で受け止めることにしてる。
今度は同じものを足りない材料を入れてもっと美味しくつくろうとか、
この料理が美味しく食べれるあそこのお店に今度行こうとか、そこまで考えると
わくわくしてきて、今日のごはんがちょっとしょぼくても楽しく食べられる。
そして、それが叶ったとき、今日のごはんのことも美味しく思い出される。
そのイメージが「ふりかけ」みたいなものになるんだよ。
ちゃんとカラーのイメージで、リアルににおいがするくらい明確に持つこと。
僕なんてたいした被害を受けてないから、ごはんの悩みで人間同様ちっぽけだけど、
家が壊れちゃった人には、跡地に素敵な家を建ててほしいと思う。
住んでいていろいろ問題や不都合があったと思うから、そういうのが快適になるような
素敵な家のイメージを、どんなのを建てようか、きっといつもより時間はあると思うので
しっかり考えてみてほしいと思う。
いまはそれどころでない、って怒らないでほしい。お願いだから。
仕事や家や生活や人間関係が壊れたらそれは重大なことで大変なことだけど、
それはいつか回復して、どんなにつらくてもせっかく生まれてきたのでちゃんと
生きていかないといけない。
家を建ててもいいよ、さあどうぞ、ってなってから考えても時間ないから
なかなかいいイメージができないよね。
さあ、外に出られる、ってなってから何をしようか考えても考えが
まとまらずに元気が空回りしちゃうかもしれない。
涙を流す時間も、失われたものに応じて、きっとかなりの時間は必要だと思う。
そして、それが済んで、絶望するかわくわくするか選択できる人は
そのときこそイメージの力を上手に使ってほしい。
原始時代から人間はみんな、ほしいものを手に入れることで発展してきた。
いまないからあきらめるんではなく、リアルにイメージできた人から
その夢や希望をかなえてきたのが人間の歴史だと思う。
いまの現実が苦しい人ほど、いいイメージをしてみてほしい。
いま必要なのは、いまの欠乏をなんとかすることではなく、
問題がひとまず何とかなったあと、何をするかをイメージすることだと思うから。
車にガソリンを入れたら、どこに行きたいか?
その食糧を買ったらどんな風に美味しく食べたいか?
その豊かなイメージがあれば、あせって買い集めなくても大丈夫かもしれない。
普段だってそんなに必要としていないのかもしれないから。
