ロス☆エルマノスとNORIの今後の活動予定

メールフォーム点検して、使えてます(2011.4.6)
CDのご注文 (通販サイト) こちらです

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■ただいまメキシコシティーに滞在中です。

■4月16日(土)Museo Britanica Americanoにてイベント出演 13時よりセッション 15時よりライブ 入場料120$

■エルマノスの1stアルバムprimavera que vieneのダウンロード販売と全世界リリース詳細まもなく

■Noriは2011年4月より旅に出て、メキシコとキューバで活動をします。東京の電力供給が通常に回復するまで
エルマノスの日本での活動はお休みいたします。


2011年4月10日

ライブのお知らせ

メキシコシティーのお知らせされても、、とおっしゃらず、
元気に活動してます様子をお知らせです。

PRAY (PLAY) FOR JAPAN FESTIVALに出演予定で詳細まもなくです。
ライブの出番が決まったらまた続報します。

イベントの開催は決定しています。
Museo Britanico Americano en Mexico
ブリタニア・アメリカ美術館にて

4月16日(土)10時から21時
地下鉄 Juarez駅より徒歩5分
住所:Articulo 123 No.154, casi esquina con Bucareli, Col. Centro
(正式な住所なのにブカレリ通りとセントロ通りの"ほとんど"角って面白い表記だね)
(=さすが本場のラテン・・・)

開催概要
ライブコンサート (出演者の出番など僕も含めて詳細まもなく)
美術の展覧会 (主催者の告知に詳細が
屋台
講演会
バザー (エルマノスのCDも出品予定で、メキシコでのリリースになるのかな)
(製造が間に合ってないので、日本国内版を枚数限定で出品します)

イベントとチャリティバザーの売り上げは経費を引いた収益の全部を日本国外務省の
義援金口座に寄付する趣旨のイベントです。僕も賛同してエントリーをいたしました。

主催の方からの告知はこちらにあります。
http://www.facebook.com/event.php?eid=187627677948204

2011年4月 9日

サンフランシスコよりこんにちは

いまサンフランシスコにおります。
天気がすごくいいです。

アメリカには1泊しかしたことないけれど、
空港の乗り継ぎはたくさんやっているので、いろいろ経由しましたけど、
アメリカも地域によってずいぶん雰囲気違うなーと思ったところです。

みんなが言ってる、アメリカの神経質なイミグレ(=入国管理官)の中にあって、
さっき僕の応対をしてくれた管理官は

官 「 !メヒコに行くのか!(=いきなりスペイン語!) 」

の 「 シー 」

官 「 メヒコには何しに行くんだ? 」

の 「 友だちを訪問します(=模範解答) 」

官 「 友だちって、、アミーゴか?アミーガか? 」

の 「 あ、あ、アミーゴスです(=どっちも・模範解答その2) 」

官 「 なにー。。質問には正確に答えてくださいね、えへん 」

の 「 はい・・・ 」

官 「 指紋は・・・まあいいや、とらなくて 」

の 「 はい。。。(=そんなことあるんだー・・・) 」

官 「 写真は一応ね、、仕事だから、、こっち見てください 」

官 「 あそうだ、米ドルはいくらもってますか? 」

官 「 あ、、やっぱいいや、まあ問題ないよねー。 じゃ、がんばってな、アミーゴ! 」

の 「 あ、はい。恐縮です・・・ 」

日本語しかしゃべれない振りをするよりはスペイン語しかしゃべれない振りをすると
いいことあるかもしれせんが、よい子はまねしないようにしてください。

2011年4月 2日

保土ヶ谷の消防はカッコいい いつもありがとう

投票日に行けない選挙の不在者投票に行ってまいりました。
候補者の皆さんはいっしょうけんめい僕に愛想よくしてくれますが、
もう投票しちゃったんです。。ごめんなさい。

投票所の区役所と同じ敷地には、消防局があって指令センターにもなっていて、
普通の消防車よりもすごそうな消防車がいっぱいある横浜の消防の拠点になってる。

そして、そこから中でもすごい働きをしそうな高度なんとか救助って書いてある
なんかすごそうなのが出てきて、どこかに出動していった。たぶん人を助けに行くんだなと思った。

消防の仕事は、開店休業がいちばん良いに決まってる。
でも、消防士のみなさんが自分のお仕事をやりに現場に向かってく姿が
すごく美しいと思って、カンドーして涙がでてきちゃった。
かっこよかった。

手を振って声援したくなっちゃったけど、それだと小さい子どもと同じなので、
ブログで支持と応援の気持ちを書いて、消防局にいつもありがとうってメールを書くことにした。

僕は学生のときに取った消防署で手続きする資格を持っていて、免許の更新の時には
消防局にお世話になるんだけど、受付の場所を尋ねたりすると、ものすごく迅速丁寧に
迷った僕を「 救助 」してくれる。

プロの消防士は庁舎の中でも勤務中は常に臨戦態勢のようで、頭のぼやけた僕のことも
腰に手を当てて小走りで誘導してくれる。そしたら、僕も階段を走ってのぼらないと
いけないかなと思って、走ろうとしたんだけど、素人はやめておけと思われたか、、

消 「 あ、あとからゆっくりのぼってていただければだいじょうぶです! 」

って、どこまでも迅速丁寧な「 救助 」をしていただいて、こういう方たちに
地域の安全を守ってもらっているんだと、えらいびっくりしたのと、感謝の気持ちが
わいてきたのだけど、日常にうもれてそんなこと忘れてしまっていた。

でもね、今日は出動していくきりっとした姿を見て、その昔の消防局での
安心な出来事を思い出して、そのおかげで自分はいまでもこうして安心して
暮らせるんだとわかって、うれしくなったのでした。

あのとき、僕があたまぼやけていて、突然転んだり倒れたりしても、
高度な救命で僕のことを助けて守ってくれるから、
ここにいれば心から安心だと思ったもの。それを思い出した。

みんなが社会の中で自分のやるべき仕事をやっていて、
僕は自分の持ち分として、音楽をやるけれど、震災後のこの厳しい社会環境では
音楽よりも、人を直接助けて守ることのできる消防士のお仕事はとっても輝いているね。

普段の、大きな地震のなかったころに厳しい訓練をばっちりやってるから、
厳しい現場にもきりっと出動していいお仕事してもらえるんだ。
僕がちょっと心を入れ替えたくらいではとてもまねできない。

そういう点では、ミュージシャンは音楽を助けて守る仕事をするけれど、
今の日本の厳しい社会環境ではどんどん出動する時期ではないと思うから、
僕も厳しい訓練したりしようと思った。

甘いものやビールの厳しく激しい訓練はいつもやっているけれど、音楽の訓練も
もっと厳しくやって、厳しい現場が連続するときの準備をしようと思った。

そして、横浜の消防はきっと震災の被災地にも応援に行ったりすると思うけど、
僕も持てる限りの力で準備して、もっと戦える海外の現場に向かおうと思った。
自分の制作や活動の前向きないい刺激をたった一瞬でもらうことができた。

そういううちの地元の消防を僕は支持して応援します。いつもありがとう。

消防車にカーオーディオがついているかどうかがわからないのですが、
もし、緊急出動ではないときにはCD聴いてもいい規則になっていたら、
聴ける消防車の数だけ僕のCD差し上げたいと言ったら、もらってくれるだろうか・・・
神社にマスターディスクを奉納するより、具体的に効き目があるかもしれない。

エイプリールフールはもう昨日終わっていて、僕は意外に真剣です。

2011年3月31日

年度末だし、卒業と進路のこと

年度末ですね。道路が渋滞していてちょっとほっとするような、
やっぱり疲れてしまうような、、どんどん平常に戻りつつあります。

昨日は仲間のdaeskiくんの鋭意製作中のRECをお手伝いしてきました。
ピアノを弾いて、ノリでコンガもたたいちゃった。

そして、人の録音を手伝うと、自分の録音もやりたくなってしまうもので、
もう完成しているはずの、primavera que vieneのタイトル曲を
無理を言ってもう1回追加録音してしまい、すごくいいのが録れて、
いまマスターをディスクを焼いています。
ほんとにほんとに、これで完成。

長い長い制作が終わって、晴れて卒業で、うれしいような、晴れがましいような、
それでもちょっぴりさびしいような感じがしています。

まさに今が、春愁をテーマにしたCDの完成にふさわしいと思ってます。
そして、2011年の春はいつまでも歴史に残る特別な季節だから、
その中でリミックスして完成させた、そんな中で生まれた作品として発信しようと思う。

-------------

そして、この新作をダウンロード販売のリリースと同時展開で、
海外でのCD発売をすることにしました。

4月からアメリカに行ってプレスして、僕自身がメキシコで、キューバでも
プロモーション活動をしながら、日本のラテン音楽を本場で発信してまいります。

しばらくは海外での活動がメインになりますが、ブログもできるだけいつもどおりに書いて、
様子をお知らせしようと思います。

リリースライブはメキシコで現地に乗り込んで調整して開催予定です。
そうすれば、決して日本の電気の消費で迷惑をかけないで、思いっきりエレピを弾くことができる。
そして、日本人の僕が向こうで演奏することで、日本の震災が海外で風化しないで
いつもリアルに現在のこととして認知され続ける効果があるだろうと思ってる。

キューバでは新作CDの制作をやってくる計画にしています。
向こうでは時間の流れが東京よりずっとゆっくりだから、もっとじっくり
ピアノを弾いて演奏を練ることができそうで、とても楽しみにしているんです。

日本には今後もずっと住み続けるし、活動も続けるし、ここには仲間も友だちもいて、
いままでよりはちょっと長めに住み慣れた故郷を離れることはさびしいけれど、
僕はどうしても音楽を続けたいし、生活の拠点も僕が海外にいれば、
一人分の生活の分は電気の供給枠にもすこし貢献できる。

ずっと前から今年の後半は海外での活動を計画していて、というより、
primavera que vieneの制作をスタートした去年の夏からずっとその計画で進めてきて、
海外で発売するためのリミックスの途上で大きな地震があって、その時期を
いまにしたのでした。やっぱり本場で好評を得てこその現代ラテン音楽ではないかと、
そこまでやりきって完成といえるのではないかと、お客さまと一緒に作っていくのが
現代音楽だと僕は考えているので、大きな計画でびびるけれど、がんばってこようと思います。

2011年3月26日

険しい環境も栄養にする

昨日は頼まれていたロドルフォのルンバ大会のお手伝いで出演してきました。
来月までのラストスパート営業中のキューバンカフェにて。

震災以来ずっとキャンセル続きだったここのライブの復活第1弾で、
太鼓のルンバは電気使わずできるだろうけど、電気という名前のつくピアノとベースは
演奏できるかどうか事前には分からなかったから、ここでの告知はしないで出演してきました。

でも、先日も書いたけど、どんなに環境が厳しくても音楽を発信するのをあきらめないと宣言もしたし、
この険しい社会環境をどうやっていい音楽の表現にしていこうか、ひそかに張り切っていました。

ラテン音楽には失恋ソングがとても多いけれど、失恋はすごくいい表現するための栄養になる。
想いが通じなかったので、通じなかった無念をこめて、通じるように表現しようって思うから、
それで素敵なラブソングがたくさんうまれてきた。

失恋そのものは苦いものだけれど、そこで表現されるラブソングの味はとても甘くて素敵なんだよ。

この震災後といういま、そして、日本の社会が困難な時期に差し掛かり、
それを音楽表現として、一段階レベルを上げるチャンスを手にしたと思ったんだ。

震災を喜んでいることとは違う。昨日の僕の表現のテーマは、「 復興 」だったの。

元通りにすることを復旧といって、せっかくだから前よりもっとすごいのを作ってしまったよ
というのが「 復興 」のもともとの意味だったはず。

僕は両者に明確な違いがあるから、
だから、なんとしても成し遂げてやろうと思って、準備してた。

いまはみんながみんな苦しいはずだけれど、みんながみんなに、震災前よりも
素敵な生活をしてもらいたいし、自分もそうしたいと、願ってる。

そして、その表現のテーマどおりに、ピアノの演奏ではピアノソロを前より多い
2本、自由に弾いていい時間を作ってもらえて、いつものLudwigくんや藤田さんの
良いリズムの援護も受けて、自分ではこれまでできなかった表現でレベルを上げて
ばっちり「 復興 」を表現できた。

僕は地震のときに家にいたし、何の被害も受けてないけれど、だから昨日はライブに出演できる
ほどだけれど、やっぱりそれでも地震は怖かったし、その後のテレビの報道も怖いことが
たくさんあるなと思っていた。

でも、この一見ありがたくない感情にも、きっと音楽をやるための意味があるものだと考えていた。

ピアノで復興をテーマにアドリブとっても、実際に壊れた家が直るわけでも仕事が直るわけでもない。
それは自分でも分かっているけれど、でも、現場に居合わせた人にとって助けになって
役に立つと思った。でも、そういうわけだから、現場に居合わせた人たちの問題の解決には
結びついてはいないので、その演奏を聴いて、みんなが最高に幸せってところまで
もっていけていないのも分かってる。分かってるけど、わずかだけ助けになって、
ちっぽけに役に立ったと自分で手ごたえ感じることができたことに、
自分でちっぽけだけど誇りを持つことができた。

つらいことがあったとき、険しい環境だったりするときこそ、光り輝く表現ってあると思う。
でも、その過程はものすごく苦しいことであるけれど、それを受け入れて受け止めて進んだときに
復興が成されるんだと、ひとつの形として、アイデアとして示したつもり。

そして、このアイデアだけのものって、もしかしたらまだ時期的には早くて、
たったただいまにはなかなか人の心に響くものではないかもしれない。
でも、革新的に表現していこうと思っている現代音楽だから、いつか、
もっと後でもいいから、このことが人の心に響く日が来るといいなと願っています。

僕が負った痛手はちっぽけだったので、それを栄養にちっぽけに進むことができた。
もっと大きなものを失った人には、もっと大きく進んでもらいたい。強く願っています。

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