ロス☆エルマノスとNORIの今後の活動予定

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■ただいまメキシコシティーに滞在中です。

■4月16日(土)Museo Britanica Americanoにてイベント出演 13時よりセッション 15時よりライブ 入場料120$

■エルマノスの1stアルバムprimavera que vieneのダウンロード販売と全世界リリース詳細まもなく

■Noriは2011年4月より旅に出て、メキシコとキューバで活動をします。東京の電力供給が通常に回復するまで
エルマノスの日本での活動はお休みいたします。


2010年10月 9日

やったー!

今朝起きたときに、すごくうれしいことに気がついたんです。
昨晩・今朝に何か素晴らしいことがあったというわけでもないのですが。

「 足りないものが何もない感じ 」 に気がついたから。

それはね、もちろん僕は大して何を持っているわけでもないから、
「 欲しいもの 」 とか 「 もっとあったほうが良いもの 」 はたくさんある。それはたくさん・・・

でも、それがないからと言って、いまの幸せが阻害されるほどのものでもない。
それがないからと言って、何も困っていない。


ずっとずっと、こういう風に考えられなくて、こういう考えができることにあこがれてきて、
やっとやっと、今朝この感覚をつかんだのでした。


きっかけのひとつに、こんなことを読んだのもあったっけ。

経済的に豊かになるっていうのは、収入を増やすことではなくて、収入と必要なお金の差を大きくすることで、
収入がたくさんあっても、それ以上に必要なお金が増えてしまうと、かえって貧困になってしまう。

その話は、豊かになるために必要な経費を下げていくアプローチも重要だと書きたかったようですが、
僕はいろいろちがうことを考えたなー。


そして、今朝はいまの自分の環境とか、住んでる地球とか、ありのままをそのまま喜べる感じがした。

来年はエルマノスのライブをもっとやりたいし、もっとたくさんのお客さまに会いたいと思う。
それはたくさん欲しいものではあるのだけれど、だからといって、今の状態で足りないほど少ないわけでもない。
今年も満員状態のいい箱でたくさんの回数やっているものね。

というわけだから、別に困ってはいない。


おかねだって、もっとたくさん欲しいけど、現状少ないことには、そんなには困ってない。
女の人にだって、もっとモテたいけれど、現状でも、そこまで困っているわけでもない。(確かにあこがれるけどね・・・)


バンドのサウンドの話では以前にも書いたよね。

たとえば、エルマノスのピアノトリオ編成では、やっぱりサルサの曲をやるときはパーカッションの音は欲しいし、
ボーカルだって上手なプロのボーカリストがぜひ欲しいけれど、今回のCDはそれらはなしでやりきった。

すごく欲しいけれど、いなくても別に困ってないから。
いまの3人で充分なことができるよ。僕も歌うし。


だから、この今朝の感覚って、昨日に比べて増えたものは何もなくて、得たものはとくに何もない。
でも、自分がどうしても必要で、ないと困ってしまったり不足と考えるものが、減ったんだな。

だから、いまあるものと、必要なものの差が大きくなって、より豊かになったって感じたんだと思う。

2010年10月 7日

芸術の秋

今週新規オープンしたというタンゴバー雑司が谷el chocloに行ってまいりました。
古民家を再生して、構造とかを見せつつ、素敵なバーとしての空間を作ってあって、
壁には絵が書いてあって、なかなかいい感じでした。

そして、ピアノとPAもあって、ちょっと弾かせてもらってきた。
反射がきついようで、でも、反射しながら音が回って吸い込まれていくような、箱でした。
オープニングの日にはライブやってたらしい。

それでいまいちばんの懸案事項のCDのジャケットデザインに、この店の壁画を描いた
画家の先生に、いろいろ指導をしていただきました。

色はこうしたら?写真にこういう加工をしたら?とか、そういう話だけど、
やっぱりすごいね。それ専門の人って。
僕がどんなにあたまを絞っても分からないことを端的にズバッと教えてくれた。

そうなんだよね。僕の教えてるリズムだって、その音もうちょっと手前、もうちょっと引っ張る、とか
それだけといえばそれだけ。でも、それだけのことを言うために毎日訓練と研究をしてる。。

たぶん、デザインもなんとかなりそうー。
入稿して、近場で良いから、休暇をとって旅行に行きたい!

2010年10月 6日

人に教えるって

「 人に教えることは自分が学ぶと言うこととほぼ同じだ 」
「 青は藍より出でて、藍より青し 」

って、たくさん聞いていたけど、今日ほどはこのことを意識しなかったような。

昨日はレベルの高い生徒のレッスンでした。
教える仕事をはじめたら、自分を越える生徒を輩出することを人生の目標とするものなのだそうですが、
僕はこの人にはすぐに追い越されちゃうかも・・・と思わないではいられないくらい、良いピアニストです。

そういう場合は、あっさり追い越された場合、僕の指導のおかげでもなんでもないので、
ひとまずリズムの実力の差が開くように、僕も必死で学ばないといけません。
それでも、受講しはじめのビギナーズラックの時期でもあって、リズムの実力の差は毎回どんどん縮まってきていて、
僕も普段からかなりまじめに勉強しているので、ほかの生徒とはその差はだんだん開いていくのですが。。

じぶん、もっとがんばれ!と思ってます。

ビギナーズラックの時期のリズムの成長って見ていてとてもすがすがしいです。
新緑の緑色の勢いのような、新鮮で気持ちがいい感じ。生命の強さを感じます。


そして、そういうレベルの高い人が学びたいことって、僕にとっても難しいことが多く、
いま自分が抱えている課題と重なることもある。
それに加えて、僕よりも優れているものもたくさん持っているので、そういうものはせっかく隣で試行錯誤して
学んでいる様子がつぶさに見られるので、僕も勝手に見習わせてもらってる。


でも、いい学びの形態だな、って思ってます。

その生徒が学びたいリズムのことは、たまたま僕のほうが先に勉強始めていて、そのフィールドでは
僕が教える立場にはなっているけど、僕も学んで進んでいかないといけないのにはかわりはない。

そして、レッスンつけるために一緒にスタジオに入れば僕も学ぶことできるけれど、
僕が教えることをぜんぶ教えきってしまうと、免許皆伝、めでたく卒業になってしまう。。
そしたら、こんどは僕がレッスン代払わないと一緒に勉強できなくなるから、もっといいことを教えられるように
自分がその人から学ぶためにも、いまはまだ説明できてないリズムのことの理論化と方法化に手をつける。
自然と感覚に任せてやってしまっていて、偶然できてしまっていることというのもすごく多いから。


音楽は競争したってしょうがないものではあるけれど、これは結果を競う競争ではなくて、
成長を競う競争だから、すがすがしいのね。

2010年10月 5日

やっと中身完成

今日も引き続きくたくたになってしまいました。こんどはうって変わって全神経を使った感じ。

CDのプロジェクト、11月リリースするにはかなりがんばらないと間に合わないのですが、
今日で、ようやく録音とミックス作業が全部終わりました。

最後の録音が、すごくたいへんで、1曲の1トラック録るのに4時間くらいかかってしまったけれど、
最初の録音のできばえがすごく良かったから、手間ひまかけると、どんどん磨かれて価値が出てくるって分かったから、
完成が押すのを恐れないで、どんどん手間ひまかけようと覚悟を決めたのでした。


6月に企画したこのCDは、7月に録音したら、企画した時点での最高のエルマノスを形にできた。
でも、録音したことによって、そして録音したあとの2本のライブを経て、その当時の最高って
今となっては取り立てて最高ではなくなってしまったから、

5月に生まれて初めて練習を始めたボーカルも7月より8月、8月より9月のほうが上達したし、
それも録音しなおしたり、バンドのリズムやサウンドもそう。
活動したらしただけどんどん良くなっていくから、いつしか企画の時点の最高ではなくて、
リリースの時点での最高のエルマノスを目指せるように、作品を仕上げたくなったんです。

なんだか2枚CDを制作したような気がするほど手間ひまかけたし、そこをやりくりすれば
2枚出すことも可能だったろうなと思うけど、ほんとに作りたかったのはこの1枚だった。

いまバンドができるもの、って限定しないで、やりたいこと、イメージにあるものを全部出し切れた。
制作している間にも、バンドがメンバーが人間関係が成長して、成長する出来事もあって、
出会いもあって、影響を受けた人や出来事もあって、その結晶としての作品も当然に成長した。


何より、作品にこめるメッセージがひとつの方向をバシッと向いて、内容が充実した。
いつか書こうと思って、まだ下書きなんだけれど、リズムっていうのは言葉と同じ役割を果たすものです。

いままでは、言葉を外国語のような感じで学んできちんと使えるようになることばかり考えていたところ、
このCDを制作する中で、使えるようになったリズムの言語で、話しかけられるようになった。
メッセージを伝えられるようになって、それがお客さまからの反応として分かるようになって、
コミュニケーションができるようになった。


タイトル曲であって僕が20年ぶりに書いた自分の曲でもある、primavera que viene に
ちょうどぴったりメッセージをこめることができた。
完成したものを手にとって聴いてみると、きっと伝わると思いますので、楽しみにしていてください。

なんで、このCDができて、僕が急にボーカルを始めて、曲を書いたり、バンドも成長して、
それはこういう理由です、って分かる人にはわかるようになってる。


個人的な話を少しすると、自分の願いや気持ちを自分で受け止められるようになったのがきっかけで、
こういうことができるようになったんだと思う。
自分の願いが叶うかどうかって実はどうでも良くて、願いをかなえるためのあれこれ、努力とかによって、
もっと大切なものがたくさん手に入るから、そちらの方が僕はうれしいし、そうやって生きて行こうって
決めてその1歩を踏み出せたから、進歩したと思うし、それがとてもうれしかった。

願いが叶わなかったから、このCDを制作したけど、なんでそんな願いを持ったかというと、
この作品でできたような高いレベルのサウンドの完成をしたかったからだったから、

確かに願いは叶わず残念な想いはしたのだけれど、願った理由は叶ったというか。
だから、出来上がってみると、もはやあんまり残念でもないというか。


「 過ぎた季節は戻ってこないし、もし戻ってきて欲しいと思ったところで、まったく同じものが帰ってきたって意味がない 」
っていう歌詞が曲中にあるんだけど(歌ってないけど作曲するときに歌詞もつけたんです)

だからこそ、過ぎた今年の春のことよりも、「こんどの春」というタイトルであって、
それはこの作品が出来上がることで、ちょっと早いけど、もうそれは来てしまったよ、と思って、
だからこそ、今日完成した!とはっきり分かったのでした。

願いは相変わらず叶ってはいないけれど、欲しかったものはこういうサウンドであって、こういう作品だった。
だから中身は完成したって分かった。ほんとに成し遂げてしまったからね。

早く製造工程に回せるように、残りの作業もがんばります!お楽しみに。

2010年10月 4日

収穫の秋

昨日は陶芸家の杉山さんの田んぼの稲刈りを志願して鴨川まで行ってまいりました。
田植えをさせてもらって、以来、何度か田んぼのお手伝いをさせてもらった今年の最終回。

できたお米は長狭米といって、コシヒカリの中でもブランドものなんだそうだ。(知らなかった)
お手伝いのご褒美に打ち上げみたいなお祭りに来月行くとお米を分けてもらえるらしい。(お手伝いの量に応じてだそう)

田植えのときより、大きく育った分、作業は重くてだいぶ疲れてしまいました。
でも、からだは疲れるけど、気疲れはぜんぜんしないのね。気持ちよい疲れ方だったし。
そのあと温泉に入って、飲んだビールもうまかった。

今年の表現のテーマだったりしますけれど、こういう場合、疲れることもむしろ楽しい感じです。


山を駆けずり回っている野生の鹿は、明日をも知れない生活で、明日は誰かに食べられちゃうかもしれないし、
交通事故に遭うかもしれない。健康保険に入ってるわけでも、ハローワークに仕事を紹介してもらえるわけでもない。

でも、僕が山で見たとき、その鹿は生きていることをとても楽しんでいるように見えました。ぜんぜん落ち込んでなかった。

それは人間のほうが賢くて、将来のいろいろな不安を予見できるからっていう話でもあるけど、
それによって不安になったり落ち込んだりしてしまう場合、何のための賢さなんだろう・・・って思ってしまう。

野生の鹿は何らかの地球によって生かされているという、どうも都会で暮らしている僕には分かりにくい感覚を
知っているから、安心して人生を楽しんでいられるんだろうなと思いました。(この場合、人生とは言わないのか・・・)

田んぼに足を突っ込んでいると、いつも考えること。自分が生きていられるのは地球のおかげだってこと。
そういうわけで、僕が大したことない人間であっても、たぶん明日も元気で楽しく暮らせるだろうって思える。

だって、何も知らない素人が苗を植えて、世話してくれた方のおかげもあり、
半年後にはお米がたくさん実るんだから、地球って偉い。

都会で生活していると、そこを忘れてしまうから、あっけなく不安になったりしてしまうんだろうね。なる必要ないのに。

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