ロス☆エルマノスとNORIの今後の活動予定
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■9月4日(土) ロスエルマノスの3周年記念ライブ 東戸塚フレンズにて
予約受付中 OPEN19:00 START19:30 2tages charge2000yen ライブ終了後は宴会です。奮ってご参加ください。

■9月24日(金) 赤坂ambe cuatroにて 前回SOLD OUTのため再演決定! 好評予約受付中
ロスエルマノスのライブ + ゲスト YASUJI y MINA OPEN18:30 1st19:30 2nd 21:00 charge2000yen
YASUJI y MINA による、キューバのダンスパフォーマンスとミニダンスレッスンもついてる豪華版!

■10月27日(水) 赤坂ambe cuatroにて
NORIとRodolfoのDUO企画 大好評(=大爆笑)につき再演決定 詳細間もなく

■10月30日(土) 東戸塚フレンズにて 新企画(仮称)nori y sus floresライブ 詳細間もなく

■日程・詳細もうすぐ・お楽しみに
エルマノスの1stアルバムCDを元気いっぱい製作中です がんばって進めてます。
完成・中身ちょっぴり披露パーティーとリリース記念ライブを計画中

■新企画(10月より) ラテンセッションとワークショップを規模を拡大して復活します
東戸塚フレンズにて毎月開催予定!日程など詳細お問い合わせください


2010年6月 6日

お宝

高島屋や楽天で売ってないものこそ、ほんとに価値があるので大切にしなくてはいかんと思うのです。
自信とか、強さとか、誠実さとか、美しさとか、そういうもの。

そして、高地トレーニングなど激しい特訓(!?)が功を奏してか、
最近ずっとなかった、

「ウエスト」 が手に入りました。
おたからものです。

そうそう、写真で見る人たちって、、ここくびれてるよねー。。って気がついたの。
なんで、僕にはないんだろー。。って(なんか、中学生みたいな話で、すいません)
ビール飲み過ぎたりしてると紛失するので大切にしないとね。夏だしね。

見たい人はライブ会場にて。言ってください。いっかい100えんです。

2010年6月 5日

あたらしいバンド

ロドルフォとあたらしいユニット、まだ名前もないけど、はじめることにして
結成大会というか、リハをやってきました。

エルマノスの小編成プロジェクトをはじめてから、ちょうど1年になりますが、
2名でどこまで本格的なサルサの音を出せるかっていう挑戦になってまいりました。

ぜんぶ人間の演奏で、どこまでできるか!
ひとり3役をふたりでやれば、6人分の音は出るけど、いっそがしーかったです。

そして、DJミキサーをこの編成では使おうと思ってるんだった。
幕間のDJタイムに使うんではなくて、サルサの演奏に使うんです。NG la Bandaみたいに。

これね、打ち込みだとテンポが一定という制約を背負うのが嫌で、
テンポを変えられる打ち込みトラックを流すという計画が一部の曲で上がってるんです。

N.G.のライブは小編成バージョンのときは、ライブ後半に「集え若人!」みたいな
レゲトンタイムがあって、僕もそこでは日本の若人として飛び入り演奏させてもらったのですが、
(演奏だけでなく、練りに練ったレゲトンの踊りをN.G.の演奏で披露したりしても良いみたい)

そこにはやっぱりDJがいて、それがなんともリズム絶妙だったのが、
バンドがリズムを引っ張って、DJが従うというリズムの立ち位置関係になっていたのね。

N.G.のレゲトンタイムは長いと1曲30分超えるのだけど、
そんなには日本だし、できないとしても、ロドルフォはレゲトンのいいネタを持ってるし、
「えっとー。いまロシアではレゲトンが流行ってるそうですが・・・」っていうあれです。
すごく楽しみなんです。まだできるか分からないけど。。


その時代ごとの現代音楽って、世相を反映して発展していく方向なんだろうと思うんです。

平日にストレスたまるような生活だったら、やっぱりたまには元気なラテン音楽でも聴かないと
やってられないと思うし、だからといって、ビックバンド編成みたいな10人20人の
贅沢なプロのバンドだとすぐにお小遣いを使い切ってしまうじゃないですか。

むかしの景気良かったころのキャバレーにはたいていラテンかジャズをやる
ビッグバンドが入っていて、儲かったオジサンたちがたくさんお金を使ったそうですが、
もうそんな時代じゃないから。

フレンズ一緒にだらだら飲んでるオジサンたちにむかしの話を聞いたりするけど、
やっぱり時代だけでなく、人の遊び方とか、考え方とかむかしと今はぜんぜん違うと思った。

だから、自分でなんでもやってやろう!と思ったんです。

ハードの仕組みは自分で把握できるだけのシンプルなものにして、
アイデア勝負で引っ張るようにしようと思ってるんです。

この編成でいよいよ、ついに、TIMBAの先の世界を視界にとらえられるか
その挑戦をしようと思ってます。いままでのどの編成でもできなかった、
TIMBAのその先の音楽の将来を探すという旅をはじめています。

7月に初演です。お楽しみに。

2010年6月 2日

高地トレーニング行ってきました

富士山新五合目に高地トレーニングに行ってまいりました。
サッカーの選手もワールドカップを控えて高地合宿がんばっているそうですが、
音楽の選手も負けていられません。

登山道はまだ積雪のため上の方は閉鎖状態でしたので、
まず、高地では酔いが回りやすいというビールの特訓から。

ビールは普段から鍛えているせいか、別に地上といくらも大して変わらず、
暗くなったらなんもやることないので少し寝ました。
あまりにも真っ暗で、静かすぎで、ちょっと心細かったのもあるんですけどね。

星がきれいでした。昨日は月が出てくるのが遅かったから、
それまでは流れ星もいっぱい見えて、次はなにをお願いいようかお願い事に困るくらい。

そして、さすが富士山さむいなー、と寒さで目が覚めたのですが、
仮眠していた車の窓がちょっと開いていたのね。
そして、この季節4時前から空はかなり明るくて、日の出を見ました。
今日は快晴だったから、すごくきれいでした。

そして、想像力と発想力はかなり鍛えられただろうけれど、
いちおうちょっとはからだも鍛えようと、登山道を歩いて平らなところを少し走ってきました。

五合目にのぼっていく道路は、まだ山開きしていないから通る人が少ないせいか、
鹿が歩いてました。けっこうたくさん、3回くらい出会いました。
たぶん富士サファリパークから、脱走してきちゃったんだろうね。。

せっかくだから、なにかおやつをあげたかったけど、そのとき持っていたのが
シューマイとかキムチとかあまり鹿さんには喜ばれそうにないものばっかりだったから、ごめんね。

2010年5月31日

ビールをぜんぶ飲んだ

地元セッションに行ってまいりました。
ギタリストのイシケン先輩たちと企画して、こんごレギュラー化を狙っている、
飲み会とセッションと同窓会を足して1.8で割ったような企画でした。
そして、かなりお集まりいただいて、はつね小学校とたちばな中学校の卒業生を中心にたくさん。。

たくさん人が集まって、たくさんのビールをいただきまして、
お開きになりそうになったところで、マスターがこれでビールぜんぶ、、と最後の瓶ビールを出してきてくれて。。。
樽の生ビールはかなり序盤に売り切れましたから、あれ、、お店のビールぜんぶ飲んじゃったんだ。。と。

なんか、若いって、元気って、素晴らしいな!とそこじゃないところでカンドーいたしました。

次はまた梅雨明け後の夏にやりたいから、さらにビールの美味しい季節になるから、今から楽しみで、
そのときにまたたくさんビール飲めるように、普段から特訓しておかないといけません。
激しい特訓になりそうです。

コーチ!もうまめです・・・

いやーまだまだー!たつんだー!

みたいな。つらいなー

2010年5月30日

マスターのむかし話

フレンズに飲みに行くっていうのは、マスター主催の飲み会に参加するのに似ています。

今週は1日違いで、マスターも僕もモーションブルーにライブを見に行って、
マスターは月曜に愛川さん(g)のライブを見に行って、僕は火曜にLudwigくんが出たライブを見に行ってきました。

そして出た話というのが、赤レンガ倉庫がほんとに倉庫だった時代の話。。
荷物を持っていったとか、そういう話で、、歴史上の話だとおもっていたら、
マスターにとってはつい先日のことのような感じらしい。

ずいぶん変わっちゃったよなー。って、そりゃそうです。。


赤坂のambe cuatroに出てきたときの話もしたのですが、
マスターは若いころ赤坂でバイトしていたんだって。

でも、その時期というのが赤坂駅は千代田線の駅ですが、千代田線がまだなかったころの話。
日比谷線や銀座線はもう開通していたから、赤坂見附から地下鉄に乗ったんだって。

そして、乃木坂から赤坂に向けて(千代田線が走ってるあたり)は都電が走ってたそうです。


そして、いつもいちばん盛り上がるのは築地キューバンカフェの話。

現役時代は築地市場に荷物を持っていくお仕事だったそうで、
市場のことにはものすごく詳しい。

青果門に向けて、電車の引込み線がむかしはあって、ちょっと中で
高くなっているところは電車のホームだったんだって。

よく白バイが隠れている朝日ホールの脇の細い路地は汐留の操車場から伸びてきている
貨物線の線路があったんだそうだ。

その線路って、日本で最初に電車が開通した横浜-新橋間の電車の線路につながっていて
そういう時代のほんとに最初の最初の貨物線の横浜駅はいまの保土ヶ谷駅の場所で、
プラットホームからむかしの線路がちょっとだけ残っているのが見えるんです。


なんで、酔っ払って聞いている割には、こんなに詳しく書けるほど覚えているかというと、
毎回同じ話を聞いているからなんですね・・・

今日もこのあとフレンズに飲みに行ってちょっとセッションする予定
地元の友だちが集まったりするんではないかな・・

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