技術が進歩しても
今日はピアノの録音をしてました。
新しいCDに入れる新曲が録れました。
音楽の制作っていうのはおそらく原始時代からある仕事で
長年かけて技術が進歩するものと、当時と変わらないものがあって
去年からクラシック音楽をつきつめてやってみて、
中世のミュージシャンがどんな思いで音楽やっていたかに向き合って、
それが日常になったから、
今度は音楽的に旅をしようというの時には、古代の人のことを考える。
録音や楽譜ができる前のバロック以前の時代、
日本だと室町時代より以前の音楽には記録がないので、
ほんとに、どんな音楽をやっていたのか、まったく分からないんです。
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それで思うんだけど、
技術の進歩ってすごくありがたくて、録音がいっぱい残っているから、
後から音楽を勉強するひとはすごく有利で、たくさん聴けばどんどん上手くなる。
キューバでも一緒にやったけど、今のちびっ子ミュージシャンを見ていてそう思う。
音楽的な技術を伸ばしていく、練習や修行というのが効率的に進むから、
がんばれば特別な才能に頼らなくても、プロ以上の演奏ができる良い時代になったと思う。
一方で、楽器を持っていて演奏できることが昔に比べて特別なことではないから、
上手になったとしても、それで音楽活動を続けていくのはとても難しい時代だとも思う。
中世だったら、楽器が弾ければ音楽の仕事はまあなんとかなったのかもしれない。
僕は弾きたいようにピアノは弾けるようにはなったけれど、そういうわけで
「 来年はもっとちゃんと音楽活動ができているだろうか 」って今でも思う。
たぶんね、この不安な気持ちって、中世のミュージシャンだったら、
「 楽器を買ってもらったから、練習は好きなだけできるけど、
これでほんとに来年はちゃんと演奏できるようになるだろうか? 」
っていう不安と本質的には同じなんだろうと思う。
今も昔もよくある、同じミュージシャンの悩みとして。
そういう中世のミュージシャンだったら、
上手な人が外国にいると知れば、旅して演奏を聴きに行くだろうし、
旅だって今ほど簡単じゃなかったはずだよね。
それを考えると、僕も外国を旅して音楽をやっているから同じだよね。
旅の移動は簡単になったけど、現地で音楽やるってすごくたいへんだから。。
それで考えるんだよ、今も昔も。
「 ああ、来年はもっと演奏できるようになっているだろうか・・もっとがんばらないと 」って。


Primavera que Viene
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