2011年12月30日

初めての経験

国立美術館内の小ホールで演奏したときのことも書いておこうと思います。

エルマノスのバンドそのものがお世話になったTriana先生のお弟子さんの中で出世頭のJanioのバンド
AiredeConciertoの周年ライブのお手伝いをしてきました。

なんと偶然というか、今回のジャズフェス事務局とモンカダの所属事務所とJanioのバンドの所属事務所も
ぜんぶ同じ会社で、担当者もだいたい同じなので、ぜんぶの話が早かったです。
3つの用事を同時に持ち込んで、1個も解決せずに帰ったことだってある。さすがキューバ。
話すのは一度で早いのですが、解決に時間がかかるのは同じです。

本題に戻ります。。

この周年ライブにJanioが 執念燃やしている がんばって準備しているっていうのは
キューバに僕が到着する前から話していて、ぜひ協力するからねって言っていたから、
ゲストアーティストのところに僕の名前を入れて宣伝してくれていたんだって。

でも、なんと申し訳ないことに、キューバについてから僕が毎日リハと現場で急がしくなっちゃって、
なんとなくモンカダのリハも欠席するとまずいかなーというのもあって、Janioには一切連絡できずに
いきなり当日になっちゃったんです。。

かわいそうに、Janioはがっちりリハをしたかったから、うまいピアニストを立ててちゃんとリハをしたとのこと。
(La zorraのビデオの3話の最初でアドリブとっているピアニストです。havana d'primeraとかで活躍中)

ライブのビデオも撮ってDVDを作るといって、そういうことなら準備も万端そうだし、
僕はお祝いに来たかっただけだから、じっくり見物させてもらうねって伝えて、今日の出番はなしだなって思ったの。

そしたら、1曲やって欲しいってどたん場で頼まれて、ドタキャンの逆、なんていうんだ・・・日本語で。。
リハに行かなかった僕がいけないので、あまり曲の展開とかも質問できないまま、本番になってしまったの。

このバンドはもともとピアニストがいないバンドで、ピアノが弾かなくても成立するアレンジにはなっているんだけど、
それにしたって、何を演奏するのか分からない状態で1曲通すっていうのは、とても危険なことなので
よい子は真似をしないようにしてください。。

なんと出番もラスト前の1曲でいちばん盛り上げたいところだという。
Janioが期待してくれる心意気はうれしいし、そもそも何でもやるって約束しておいて
リハに行かなかった僕がいけないので、がんばろう、、って思ったのだが、

リハをがっちりしてあるというhavana d'primeraなどで大活躍中というピアノの若者が超絶すごい演奏をして
ビデオでは飛び入りだったけど、この現場ではリハをしてあったから、さらにハイレベルな演奏をしていて、
お客さんも大いに盛り上がっていて、いったいそのあとでいまさら僕は何を弾いたらいいんでしょうかという
ピンチな状態で出番が始まりました。

そして、期待されるところでもあって、、僕の得意技でもある、空気読まずにtimbaのリズムで盛り上げて、
お客さま全員で大歓声の中、無事出番を盛り上げられました。

---------------------

この日のライブはそういうわけで4人のピアニストがピアノをかわるがわる弾いて、
誰がいちばんすごかったかっていう勝負みたいな現場みたいだったのですが、
キューバ音楽を誰よりもよく知っているキューバのお客さんによれば僕の演奏がいちばんぐっと来たらしい。

このバンドはファンがメンバーにサインをねだるという文化があるらしく、僕のところにサインをしてくれという
列ができて(はじめて)、しかもすごい人数だったからできるだけサインして後ろのほうの人は断るという
これまた生まれて初めての経験をいたしました。

キューバでいちばん盛り上がっている、キューバ音楽の、しかも外国からやってきたアーティストと言われると
すごい偉い人だと思われたようで、それはただの勘違いですけれども、、勘違いだとしてもうれしかったなあ。

初めてキューバのジャズフェスに出たときも思ったけど、このお客さんの熱心な待遇というか
すげー!と思ったことを隠さず伝えてくれることって、ミュージシャンを大きく成長させてくれる。
ちゃんと聴いてくれているっていうのがはっきりこちらに伝わってくると、こちらも安心して
思い切ったアプローチで演奏して、すべることを恐れず勇気を持って新しい表現を模索できる。

新作CDのライナーにキューバは国全体が芸術の学校のようなところだと書いたけれど、
キューバのお客さんは音楽を熱心に聴いてくれるという点で、すごくありがたい芸術の先生だと思う。

ラジオ収録の話

2011年最後の放送に続けて出していただいたBuena Horaは名門ジャズクラブのLa zorra y el cuervoで
毎週土曜午後2時から4時まで生放送でやってる人気番組です。

入場無料で放送を観覧可能なのでそういう意味でもずいぶん人気があるみたい。
毎回満席なうえすごく盛り上がる。

この番組の特徴は2時間ふつうにバンドがライブをやるのを放送するってこと。
曲の合間にちょっと長めのMCがあって、僕のようなゲストにトークを振ってくれる。

ここで書いておきたいのは2週目の出演で、子どもジャズのバンドだったんだ。

何でラジオでこんなことやるんだろ・・・ってくらい、大人水準のいい演奏をする。
大人水準って、キューバのトッププロと変わらないって意味ね。

11歳とかそこら辺の若者っていうより、子どもが、、まだそれがどんな意味かもわからず、
ゴリゴリの強力なリズムを奏でているのね!びっくりした。

僕も人のことは言えませんが、とても中国人が弾いているとは思えないピアノ!として
紹介していただいて、これまたラジオでは伝わりにくいおもしろさを伝えてまいりました。

ビデオもアップしました。2週目の様子です。

2011年12月29日

サンタがやってきたか

僕はクリスマスが終わってから靴下買ったので(プレゼント入れてもらうためではなく自分ではくため)
クリスマスイブも帰ってくるの遅かったし、サンタは直接うちには来なかったんですね。

メキシコでは暦の上でクリスマスが終わってもクリスマスツリーは飾ってあるし、
ケータイ電話のTELCELのお店ではトナカイがチラシ配ってるし、年明けまでこの雰囲気で行くらしい。

不景気だからサンタも大変なんだね、トナカイまで使ってバイトしておかないと、よい子にプレゼント配れないんだ。。

--------------------

CDの売り上げを新記録でたくさん振り込んでもらえました。ありがとうございました。

いままで振り込まれたことなかったフランスやスペインの配信事業者でもダウンロードしていただけたみたいです。
日本からの振込みも今月は多くて、歴史的円高だからこそ、ほんとにありがたくて、
新作のCDの製造費用にさせていただきます。

何より、CDをご紹介できている方に広がりを感じることができることがうれしいです。
来年はもっとたくさんご紹介できるようにがんばろうって心底思えます。

今回新作のブックレットは日本語スペイン語両方で書いて、あとから付け加えたコンテンツもあるから
それの印刷作業で完成が遅れているのですが、クオリティは抜群に上がりました。
1月下旬にはアメリカのお店から日本にも発送可能になる予定です。

うれしかったチラシの話

アメブロにたぶんチラシのデザインがアップされると思いますが、
今回キューバではチラシ配布作戦をいたしまして、ワンマンライブがあったから動員により責任感じたのでした。

印刷に出す場合は1000枚単位になるのですが、メキシコの場合はキューバでちっちゃいコピー用紙に
白黒の印刷をする程度の印刷よりも、メキシコはカラーで、裏面もあって、品質つるつるでもっと安いんです。
そういうわけで、メキシコで印刷したものを持ち込みました。

紙が重いからそんなに大量には持ち込めなかったけど、
1000枚を1週間かからずほぼ手渡しで配布が終わってしまいました。
キューバ人はもらえるものは何でも歓迎!っていうのもあるけど、、それ以上にみんなよく読んでくれる。
印刷もきれいだから大切にとっておいてくれて周辺に捨ててゴミになったりもしないのね。うれしかったです。

メキシコも日本に比べたら桁違いにチラシが配布できるありがたい国ではあるけど、
1000枚配りきるには数ヶ月かかる。やっぱり。
キューバでは僕が配っていると行列できるのね。サインしてくれって言われたり。

確かにキューバではCDが飛ぶように売れる国ではないけれど、見ず知らずの僕のようなものにまで
キューバのお客さんはそれに替わる何か、ミュージシャンに対する尊敬のようなもので、
ミュージシャンにとって大切なものをたくさん与えてくれるありがたいお客さんだと思いました。

重くて運ぶのが大変だけど、また来月も配布大作戦やろうと思います。

2011年12月28日

モンカダのデブ

モンカダの"デブ"ことPedroさんは、40周年のモンカダの初期メンバーですから、業界の重鎮って感じの人です。
見た目もだいぶ重そうですし。プラスチックの椅子は2個重ねて座るんです。安全のために。

それで、メンバー紹介の時にはモンカダのデブと紹介してくれと。。
名前より見た目が有名だから、そっちのほうが良いんだって言われても、僕は恐縮です。。
ジャズフェスのちょっと前に赤ちゃんが生まれて、お孫さんじゃないですか・・・?って思ったけど、お子さんなんだって。

今回のエルマノスの出演メンバーで最年長で、最年少はもちろん「 なんとか王子 」のモイセス。
世代を超えてキューバ音楽の伝統をこの若き王子に伝授してくれていました。

La comparsaのメロディーが微妙な違いなんだけど、確かに格調高くなった。
彼も音楽学校所蔵の楽譜で勉強してきたというので、楽譜に書けないような違いなのかもしれない。
でも、確実により伝統キューバ音楽らしくなるんだよね。
僕がレコーディングのときに彼に教えてあげられなかったことだ。

こうやって、正統なキューバ音楽の伝統は世代を超えて受け継がれていくんだ。
日本人が聴いてだいたい同じに聴こえるのでOKとしていたのでは決して到達できない伝統の領域。

ものまねでなく、ちゃんとした伝統を踏まえて、思いっきり現代的に振ったアレンジだからこそ、
キューバ人のお客さんは認めてくれたし、僕の音楽をキューバ人の水準を超えるものとして絶賛してくれた。

伝統曲のメロディーラインとか、ここは肝心って言うポイントを聞いておくとぜんぜん違うのよね。
僕も以前チャランガフルートがすばらしいJoaquin Olverosに教わってからメロディーのとり方が激変したもの。

---------------------

それで、PedroさんはMaria Cervantes本人を知っているんだって!
58歳のPedroさんが8歳のときで、Maria Cervantesはもう100歳過ぎてたというのでそういう歴史の領域の話。

やっぱり作者に諸説あるMaria Cervantesの作者はこの人本人だってPedroさんも言っていた。へぇー。

Lazaro Valdesとのあれこれ

ジャズフェス初日は当初Klimaxのライブが予定されていたのですが、外国の仕事が入ったか、、
Lazaro Valdesのバンドがトリをつとめるというプログラムでした。

バンボレオのリーダーのLazaritoのお父さんです。
エルマノスのサウンドのご先祖に当たります。
キューバではベニーモレのバンドの最後のピアニストとしてより有名です。

というわけで、お近づきのしるしにと僕のCDをプレゼントしたんです。

そしたら、待機時間に家に帰ったときにLazaroのCDをコピーしてきてくれて、
曲目リストもご本人の手書きによる、おたから「公認」海賊版・・・をいただきました。
見た目は海賊版でも、位置づけ的にはマスターディスクと同じ値打ちがあるものだ。

エルマノスの演奏もずいぶんほめていただきました。
Lazaroはラテンジャズスタンダード曲でクラシックの名曲のアドリブをとるっていう、
エルマノスと逆のアプローチを模索しているところでしたから。

エルマノスは逆で、クラシックの名曲をラテンジャズのようにアドリブとるっていうアプローチです。
ほんとキューバでは大絶賛なので、みんな聴いてみてね。

そして、せっかくCDいただいたし、うれしかったので製品版を買おうと思って
(ちょっと今後の仕事の展開でも仲良くなっておきたいというのもあり・・・)
コッペリアの角のCD屋さん(渋谷のタワレコのような位置づけの店)に探しに行きました。

の 「 Lazaro ValdesのMantecaありますか? 」

店 「 どっちのLazaroですか? 」

の 「 お父さんのほうです 」

店 「 あー・・本人はよくご来店になるんですが、CDは入荷してませんねー 」

の 「 ・・・・ 」

今度仕事の話で訪問予定なので、ご本人にもおもしろいから教えてあげようと思う。

2011年12月27日

キューバでの演奏の記録

11月27日(日)

昼はレゲエ祭。
夜はモンカダの1830でのサルサナイトにゲスト出演でした。

12月1日(木)

国営ラジオ局Prensa Latinaに取材をしてもらいました。

12月4日(日)

1830にてモンカダのサルサナイトにゲスト出演。

12月10日(土)

昼はLa zorra y el cuervoにてRadio Tainoの2時間生演奏・生放送番組
Buena Horaにゲスト出演。モンカダに呼んでもらいました。

夜は国立美術館小ホールにてAire de Conciertoの周年ライブにゲスト出演。
ビデオを全編撮影していてDVDを作るんだそうです。

12月11日(日)

1830にてモンカダのサルサナイトにゲスト出演。

12月15日(木)

ジャズフェスティバル本番初日。
トップバッターで3バンド中唯一スタンディングオベーションいただきました。

Lazaro Valdesがその日のトリでお知り合いになれました。

12月16日(金)

ジャズフェスティバル本番Casa del ALBAにて。
ワンマンライブでした。

12月17日(土)

Radio Tainoの2時間番組Buena Horaのゲスト出演。
名門ジャズクラブLa zorra y el cuervoにて。
この日は子どもジャムセッション大会に参戦。
年内最終放送ということもあり、異常なほどの盛り上がりを見せました。

12月20日(火)

Radio Tainoの日曜夜8時にやってるen descargaの収録。
1時間ばっちり特集してもらえました。演奏はしなかったけど5曲流してもらえます。

放送予定は1月8日(日)20時(日本時間9日月曜10時)
おもしろい番組になりました。おたのしみに。

12月22日(木)

Casa del ALBAにてモンカダのゲスト出演。
入場無料ってこともあってお客さまがいっぱいでした。
新聞記者の人に会場で声をかけられて取材してもらいました。

モンカダのおかげ

今回のジャズフェス出演のメンバーはレコーディングのメンバーを呼んだのですが、
ラモンがパーカッションとドラムを両方たたくのも無理なので人が足りなかったんです。

それで、モンカダのドラムのAlexisにお願いすることにしました。
Haila MonpieやManolito Simonetのバンドのドラムも叩いたことがあるんだって
実際すごくうまかったです。ファッションとかがちょっと変わってるんですけどね。

流れと成り行きで、サックスのPedroもやってくれるというのでお願いしました。
モンカダの初期メンバーで40年近くバンドの顔としてやってきた人気者。

前回のジャズフェスの教訓だったのですが、所属バンドがあるミュージシャンは
レコーディングは日程調整すれば良いからお願いしやすいけれど、
ライブは日程が決まっているから所属バンドの仕事が入ったらそっちが優先で
当日きてもらえるかどうか、当日まで分からないとどきどきするじゃないですか。

そういうわけで、ベースのアレックスと合わせてモンカダの中心メンバー3人を借りて
リーダーもジャズフェスにご招待してしまえば、だいじょうぶなんではないかと一計を案じ、、
それをお願いする席で、これまた成り行きでNoriのCDの推薦文まで書いていただき、
万全の体勢でジャズフェスに出演することができました。

スペイン語はhttp://www.los-hermanos.info/es/2011/12/recomendacion-de-jorge-gomez-de-grupo-moncada.htmlここに掲載したのだけど、
僕がぱっと日本語に翻訳すると格調高さがなくなってしまって、いい感じになる翻訳をじっくり考えてます。

2011年12月26日

年末年始も休まず営業!

急な話ではございますが、メキシコに帰ってまいりました。クリスマスイブに。
これからキューバでの演奏の記録を書いていこうと思います。

そして、また1月にはテレビ番組の収録でキューバに行く予定です。

2011年12月22日

バンドは家族

昨日も仲良くしていただいているモンカダのcasa del albaでのライブに出席してまいりました。
このバンドはメンバーのパフォーマンスがいっとき思わしくないからといって、
安易にメンバーチェンジをしません。

僕もね、エルマノスという名前のバンドをやっているから、理念としてはよく分かる。
バンドは家族であって、いっときの都合で家族のメンバーがころころ入れ替わるのはへんだと思う。

でも、その当たり前を続けて、もう来年には40周年。ほんとにすごいことだ。
ひとりのリーダーが40年バンドの指揮を取り続けた例はロスバンバンとモンカダだけ。

いつも見てくれているお客さまは、もうNoriはモンカダの一員だとか言ってくれるけど、
今年の夏に知り合って、何度かでかい現場も一緒に過ごしたけど、それでもほかのメンバーの
付き合いの長さと深さに比べたら、居候程度だよな、って思います。

居候程度でも、来年の40周年に向けてどんどん役に立っていきたいなと思います。

--------------

ところで、昨日は現場で急きょ新聞の取材をじっくりしていただけました。

なんで今回の旅はテレビやラジオのお話をたくさんいただくのかしらと不思議だったのですが、
ジャズフェスに呼んでもらえるってことは、文化関係のビザがいただけているらしく、
なんとこれには労働許可も(もちろん文化関係限定だろうけど)ついているらしいのだ。。

だから、メディア関係の人が呼ぶのに安心だってところが真相らしい。

今日手続きに行った入国管理局で教えてもらいました。。知らなかった。
あー、知らない間にキューバで仕事できるようになるっていう夢がもう叶っていたんだなーって。

昨日の午後のニュースではNoriのバンドについてもひと言「面白い提案があった」とコメントつきで
ニュース放送していただけたそうです。
ライブ当日にはお昼12時に(日本の地震速報のような)文字情報で、僕のライブの
お知らせを出していただいていたんだって。

今後ともがんばります。

メディアにがんばって出演中

モンカダとのラジオ出演は大成功に終了いたしまして、
あまりに好評いただいたため、翌週も続けてゲスト出演してまいりました。

ラジオタイーノの毎週土曜14時-16時の人気番組のbuena horaです。
インターネットで国際放送もしているそうです。(詳細調べてます)

そして、おなじくラジオタイーノの日曜夜8時から毎週やってるen descargaの
収録に行ってまいりまして、すごく面白いトーク番組に仕上がって来年1月8日日曜日夜8時から
1時間まるまる僕の特集とトークで放送していただけることになりました。
この番組もインターネットで国際放送するそうですので、これはリンクをメールで
送ってもらえるとのことなので、詳細まもなくです。

ここのラジオ局はテレビ局やほかのラジオ局も入居している雑居メディアビルで、
大スター様たちもたくさん通ります。パウリートF.Gに会いました。
年末特番の撮影だって言ってたけど、今ごろやってるのね!びっくり。
何か問題あったら間に合わなさそうだけど・・・

そうそう。ジャズフェスのこともたくさん書きたいけれど、
いまその撮影した素材の加工をがんばっておりまして、また次の接続時にアップいたします。

スタンディングオベーションいただきつつ大成功でした。
今日のハバナはずいぶん暑いです。

2011年12月 9日

Cuba Libreばんざい

モンカダのリハはライブレストラン1830のランチ営業時間にサルサナイトをやってる中庭でやってまして、
海を一望できるいい景色の中、リハやってます。

僕らのリハも、おばあちゃんたちの手芸教室の時間と重なり、昨日は外の公園でリハをしました。
たぶん写真がアメブロに上がると思うのですが、木陰で程よく日差しが入って気持ちよかったです。
本番も屋外会場ですし、いいシミュレーションになったかなと。

ドラムセットもパーカッションも音量全開で容赦なく練習して、
見学者はどんどんやってきて、仕事の話をしていく人もいたりして、
隣の手芸教室のおばあちゃんたちも含めて誰も文句を言ってこないのね!びっくり。

ラモンなんて、休憩時間には(家で練習できないから)ドラムセットの練習をやり始めて、
バスドラムのキックペダルを曲げちゃうほど力強くというか、馬鹿力で。。演奏していて、
日本だったらぜったい怒られるけど、ちゃんと演奏していれば、うるさいことは誰もとがめないのね。

------------------

そのあとドラムの子とモンカダのリハで一緒だったのだけど、

ド 「 ねえ、次のリハってまた外でやるの? 」

の 「 今日はほかの会合があったから、外でやったけど、次は部屋の中でやるよ 」

ド 「 外でやっちゃダメなの? 」

の 「 え・・・? 」

ド 「 外のほうが気持ちがいいじゃん 」

の 「 そらまーそうだけど 」

ド 「 天気が悪いとか寒かったりしたら中でやればいいじゃん 」

リハの時はメンバーのために演奏するっていうのを信条にしていて、同じことをメンバーにも求めてます。
自分が練習させてもらいたいだけの人は、僕とは長続きしないので、ある意味ミュージシャンを相手にした
本番体制で演奏するようにしています。

だから、メンバーが大喜びでそのあと練習した曲をはなうたで歌っていれば大成功、
がーーん、とショックを受けて、一人でもっと練習しないとというのもメッセージが伝わったので大成功。

僕のバンドのリハでは、メンバーそれぞれにいつも何かが残って持って帰ってもらえるようにしています。

2011年12月 8日

なんだか明日もライブらしい

キューバのバンドの恐ろしいところというのが、今週末の予定を
メンバーがあまり把握していないことで、自分の予定なのに
あさっての本番が何時からとか、そういうのがリーダーとマネージャー担当の人に
聞かないと分からないの!びっくり。

というわけで、明日もあまり誰も分かってなかったけれど、
モンカダのライブがあって、僕も出演します。。
あさってのラジオ収録対策を一回やっておこうと、気合いが入っているのは
うれしいけれど、リーダーは誰も予定把握してないのに怖くないのかなと・・・

モンカダのリハに参加してきた

たぶん写真はアメブロに上がりますが、
モンカダのバンド的にも今週土曜のラジオ収録は気合い入ってるみたいで、
今週は僕のバンドも連日、モンカダも3回もリハがあります。

収録するのがジャズクラブってことで、いつもよりサルサ色が減って、
よりジャズとバラードをやりましょうって感じみたいです。
モンカダのリーダーが書く曲はキャッチーでいい感じです。

自分のバンドもリハがいよいよ佳境で、だいたいの曲がいい感じに仕上がってきました。
プロモーションの準備にもだんだん軸足を移して、いろいろ展開したいなと計画中です。

2011年12月 6日

ラジオの収録に参加します

今週土曜日に名門ジャズクラブのLa zorra y el cuervoにて、サルサバンドのモンカダが出演する
ラジオ番組の収録があるそうで、僕もゲストで呼んでもらえましたので(編集でカットされなければ)出演予定です。

リーダーのホルヘさんがやってる番組かもしれないし、違う番組かもしれない。
収録ってことなので放送予定はまた当日聞いてみます。

・・・と、僕が聞き間違えてなければ、開催概要はこんな感じで、
一般公開の収録かどうか分からないので、おいでになりたい方は詳細お店にお問い合わせください。

明日からモンカダのリハも連続で参加するので、忙しくなるなーと思っていたんですが、
そもそもアレックスはいつもそうやって僕とのプロジェクトを回してくれている。

「 なんとか王子 」は午前中は毎日学校と試験で、
今日は算数の試験が終わったらリハに駆けつけますっていってた。
算数が苦手だそうで、かわいそうに、、試験の出来が悪いとしょんぼりして現場にやって来るんです。

キューバ人って観光で街を歩いていると、ヒマそうな人があふれているけれど、
忙しい人は忙しいんだなと仕事しているとキューバの意外な一面も見えてきます。

会う人には会うもんだ

昨日はモンカダのライブで弾かせてもらえるのでプロモ兼ねて1830のサルサナイトに行ってまいりました。
その前日にモンカダのリーダーがうちに遊びに来てくれて、たらふくワインを飲んだのもあって
だいぶ仲良しになってもらえました。

たぶん、国家評議会のことだと思うんだけど、(違ってたらごめんなさい)
いわゆる大御所で、業界のご意見番って感じのリーダーです。

そして、1曲弾いて降りたら先日初めてリハに来てくれたウッドベース奏者に会って、
充分やりきれなかった打ち合わせを一緒にできてしまって助かっちゃいました。

みんな所属バンドがあるから長時間だらだらそろってリハはなかなかできないのだけど、
うれしいことにみんなあげたCDを気に入ってくれて毎日生活の中で聴いてくれているんだって。

今日もこれから全員でリハなんだけど、そういうわけで仕上がりが楽しみです。

2011年12月 3日

なんかラブレターみたいだな、って。

ライナーノーツをアレックスと考えているとき、スペイン語を30年以上話している人でも、
微妙な言い回しというのは難しいんです。

それで、ひと言ひとこと考え込んでいると、
「 なんだか、ラブレター考えてみたいだな 」 だって。

なんだか、ほんわか甘酸っぱい気持ちになってしまいました。
情景は想像しないほうが良いです。相当むさくるしいので気持ち悪くなってもいけませんから。。

---------------

役目はおんなじなんですよね。じつは。
お客さまの気を引くために、精一杯のことを書くんですものね。

伝わるかどうか分からないまま、とにかく思いの丈をしたためていく。

そんな気持ちで制作したチラシです。
今日からハバナ市内で配布大作戦を敢行します。

---------------

これから本番まで、できない日以外は毎日長時間リハなんですが、
倒れる人が出ないかしら・・・と、野球チームの監督のような気持ちになってきました。

今日はほぼ全員そろって2時間だけですが、じっくりリハしてまいります。

副大臣に会ってきた

キューバでは日本ではありえないようなことがたくさん起きるけれど、
今日はちょっといいことがありました。

文化省の副大臣に出してもらいたい書類があって、
アレックスが所属していた事務所の社長をやっていたのもあって、
夏にhecho en cubaのサンプル版を渡してあったから、
電話しておくから行っておいでとアレックスにいわれて、
言われるままに文化省に行ってきました。

でも、日本だったらふつう知らない外人が会いに行っても副大臣になんて
あわせてくれないものだと思うのですが、キューバでは今日はどこで仕事しているとか
今出かけていて帰ってくるからそこで待っててとか、普通に教えてくれるんですよ。。

もちろん副大臣本人に会えれば、ジャズフェスの招待状を出してくれている人なので
話を聞いてくれるのだけど、あまりのオープンさにびっくりしました。。
まさに開かれた行政って感じ。(場合によるんでしょうが)

そして、いくらアレックスがサンプル版を渡しておいてくれたからって、
ふつうそういう偉い人ってわざわざCDなんてもらったくらいでは聞かないじゃないですか。

でも、製品版をお土産に渡して軽く説明したら、クラシック音楽のジャズでしょ、知ってる。
って、なんだかもう聴いておいてくれていたみたいで、またびっくり。

ライブも責任者だし視察に来てくれると約束してくれて、びびりつつ、びっくりして、
日本ではありえない経験をしてまいりました。