完全燃焼した?
水曜日の赤坂のライブに来ていただいたお客さまは、きっと木曜金曜がお仕事だった方は
土曜の朝を迎えて、ちょっと寝坊してほっとしているところではないかと思います。
盛り上がっちゃったから、それは疲れますよね。。おつかれさまですー。
でも、ライブに来てなかったとしても、そのだるさ・眠け・疲れはきっと同じで、
楽しんだ分だけ、一瞬でも暑さを忘れた分だけ、ラッキーだってことです。
普段ブログが上がる方も止まってたり、いつもどんどんメールの返信がある方も1往復で終わったり、
たぶん、ライブでおなかいっぱい楽しんでいただけたんだろうな、と思ってます。
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昨日は音楽を教えてる人に、「自分のためでなく他人のために演奏しなさい」ということを教えました。
そして、自分がしてあげたことにきっと何か(反応とか)が返って来るから
それを受けて組み立てるのがテーマの次にやるアドリブだ、と。
聴かせる相手が違えば返って来るものが違うので、その違いを吸収して
いつでも同じような曲のイメージを軸に、狙った目標の表現をしようとするんだ。
万人向けの説明じゃないけど(僕自身の捉え方はもうちょっと違うから学んでもらうための方便で)、
昨日はそれも通じた感じがしてうれしかった。
以前は別の人で、何のためにアドリブがあるかが分からないという人がいて、
そのときは言葉でうまく説明できなかった。
作曲した素敵なテーマがあるんだから、わざわざ変える必要がないんじゃないかって
言っていたのを聞いて、ただただびっくりしたのでした。
たぶん、その人には今なら、ただ演奏するだけよりも、音楽には大切な役目があると
説明できるような気がする。そして、言葉で言ってもまた通じなくて苦しむんだろうね。
安穏と安住しちゃうような楽しみ(恋愛も含まれる)はただの依存だと思う。(=度が過ぎると身を滅ぼす)
ほんとに楽しむこととかは(愛するってことも)一見試練のように感じるけど、
進む中で巨大な幸せや楽しさを感じてそれでも進むものだろうと思うから、それでいいんだ。
禁欲って、僕なりの解釈だと、ほんとに楽しみたい・欲しい・愛することだけに集中するって意味なんだな。
その結果、他のことには目もくれなくなるという、二次的な表面的なことが言葉になってるだけだと思う。
キューバ音楽は2と3であったり、いろいろな2面性があって、うまくそれが
音楽的にも構成されている。ただ楽しいだけ、では、味わいがないんです。

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