地球につながってる感じ
昨日は鴨川に行ってきました。
南房総はむかしから大好きで、交通費だって最近高速道路がやすいから、東京まで行くのと変わらない。
ひと足早く夏が来たような感じで、保田海岸の海風に吹かれてきました。気持ちよかった。
そして、陶芸家の杉山さんのところにある、田んぼの草むしりを志願してお手伝いさせてもらいました。
棚田1枚分、除草剤とかを使わずに、稲を育てている区画があったのね。
たぶん、何本か稲も抜いてしまったような気がするけど。。爽快でした。2時間だけだったけど。
田んぼだから、入るとぬかるんでいて、足が埋まって気持ちが良かったの。
杉山さんは地球にからだの中の余分な電気がアースされて、あたまがすっきりするんではないかと
言っていたけれど、なんとなくそんな気もする。
僕が感じたのは地球との一体感。
ちっぽけな僕ではあるけれど、地球に守られて生きていることができているんだなと安心できる感触でした。
はかない小さないのちだけど、いま確かに、生きてますって感じ。
自分が都会っ子だから、自戒をこめて反省だけど、都会にいても田舎にいても、どっちでもないところにいても
感じるものを感じていれば、どこでも同じ、って前は思ってたけど、
やっぱり静けさを求めてオフシーズンの富士山にのぼるくらいなので、
それだけ、都会には邪魔するものはたくさんあるってことなんだとわかりました。
富士山にも、極限まで静かだからこそ、聴こえてくる音や聴こえてくるリズムがあったから。
それに、ここの集落は杉山さんのようなアーティストがたくさん住んでいるのだけど、その理由も良く分かった。
芸術ってね、ある一定以上のレベルになってくると、あたまでこねくり回しても、なかなか思い浮かびにくいものだと
さいきん感じています。多彩な自然の表情や、僕はリズムの芸術なので地球の波動かな、
そういう自然とか野性とか(自分の野性も含めて)そういうのを参考に作品を考えていく方が良いひらめきになる。
一方でね、自然の表情を作品にしていくのは、よほど実力的に普段からがんばって上げていないと難しいことでもある。
僕には数年前には考えもしなかったことだし、これが経験できたのが今年のいまでよかったなと思ってます。
ピアノって鍵盤の数が多いし、ただ弾くだけでもけっこう難しいので、地球のリズムでと言ったら、もっとたいへん。
自由に演奏するのって、とても不自由なものだとも思いますし。
イメージや発想する内容が自由なのであって、今度はそれを忠実に演奏できなければいけないから、不自由です。
適当に偶然任せでは自由な演奏にならないのね。すごくテクニックもつかうしね。
そんなことを田んぼの中でたくさん考えたいい日でした。

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