不立文字
座禅の言葉だと思うのですが、
不立文字(ふりゅうもんじ) という言葉があります。
言葉ではなかなか極意は伝わるものではない。。。くらいの
意味だと思います。(本やお経だけでなく実践から学びなさいってことかな)
似たような話で、
トゥンバオは楽譜に書けるのか?
という問いがいつものり3の中で、疑問なのです。
エルマノス名誉教授である、音楽の博士号を持っているという
キューバのマエストロ、トリアナ先生にもこの質問をぶつけたことがあります。
キューバでの修行時代にもYaymel先生にも同じ質問をしたことがあります。
やはり、大学で勉強した人は、
「そうだよ、楽譜にかけるよ」と言って、書いてくれます。
4小節書くのに30分くらいかかるんですが。。。
(やっぱり普段そんなことしないし、音楽の専門の先生でも大変なものはたいへん)
それをのり3が弾きはじめます。確かに、楽譜に書いてあるように弾くことはできます。
でもこれだと、トゥンバオしているとはいえないような、さびしいトゥンバオですよね。。。って
それには先生たちも同意なんです。のり3だって先生たちだって、自分が弾くとしたら
そんな弾き方はしないだろうって、楽譜が出来上がってしまうんです。
というわけで、この議論にはいつも答えが出ないまま、次のライブが来てしまいます。。。
それで、お経のように、一見意味不明な文字が並んだ
[G C D7 Am7-5] ・・・のように、メモ書き程度の楽譜が準備されています。
その譜面を前に、ああ、、、今日もアレンジができていない気がする。。。
楽譜になっていないことをみんなにどうやって説明しよう(半泣)。。。と
最初に戻ります。 (繰り返し Openで)
以下余白。。。

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